2008年08月12日
2008年06月29日
祝島の福祉について考える~その1
柴田書店から毎月発行されている『cafe_sweets』
ついつい毎号買ってしまう。
建築なんかやめてこんなことしたいなあという願望。
前々からブログに書きたかった祝島の福祉。
これから少しづつ考えてみよう。
高齢化がすすむ地域の抱える問題はどこも同じ。
遠く離れて暮らす家族にとって年老いた親の心配は誰でも同じでしょう。
しかし、住み慣れた島での生活を捨てられるわけもなく、
また都会で一緒に暮らせる場所もないという問題もあって
祝島人特有の我慢強さに甘え、問題解決されないまま時間だけがすぎていく。
なんとか今のまま、他人に迷惑をかけず楽しい老後をすごせることを考えてみる。
施設の設計をしている自分がこんなことを書くのははばかられるけど
島で生きてきた人間にとって自然や社会とのかかわりをたたれてしまう施設や病院になんかはいろうものならそのまま弱っていくだけ。
どんな立派な施設にもこれだけはない。
(外部との関わりを持とうと施設側が努力をしてもなかなか受け入れてはもらえない)
しかし、帰省するたび知っている人が施設に入ったり病院に入ったりで寂しい思いをすることが多い。
家族があって、そういう対策でも考えられる人はいいけど、ほんとに一人の人はどうしているのだろう。
島の友達に聞いたら近所で面倒みてるんよと言われるけど、都会と違い、特に田舎では不便も多いでしょうに。
(今度島のみんなに聞いてみたい。何が不自由か。どうしたら楽になるか。ひとりでできるか。)
私の家のように若い(くもないが)家族がいても手をやくのに、お年寄り夫婦だけの家族や一人暮らしの人はどうやって毎日を過ごしているのか不思議でしかたがない。
実家の店には買い物に来れない人から配達の依頼があったり、起伏の多い島の道で重い荷物をもつのが困難な人には後で届けてあげたりしているけど、依頼すらもできない人もいるのではないかしら。
島の家は外だけでなく、家の中も段差だらけで、お風呂も在来の寒いお風呂がほとんど。
台所も土間のまま使っている人も多い。
食事を作るのも、お風呂に入るのも大変だろう。
みなさんどうしているのでしょうか??
歳をとってなかなか外に出れない人もいる反面
元気な御年寄りも多いのが祝島の特徴。
漁にでたり山に行っている人は私よりずっと元気だ。
「忘れられた日本人」的なことが大切なのかもしれない。
(これで充分と満足する気持ちをもたなきゃ。)
では具体的にどうしたらよいか。
少しづつ考えていくことにしよう。
考えていたことのひとつはこれ・・
お昼になると店の前にはこんな風に人が集まってきます。
店で買い物をするというよりここに集まる人同士話をするのが楽しみのようです。
一人暮らしの多い島では家の中では話をする相手がいないので
仕事をしてない人は少々引きこもり気味になります。
そうすると自然、物忘れがひどくなったりしてうつ状態になってしまいます。
なのでこうして毎日でかけるところがあればいいと思うのです。
デイサービスとかそんなかたくるしいものじゃなくて
誰が世話をするわけでもなくお天気の日にはここに座っているだけでもいいと思います。
(デイサービスでは何かをさせられるという感があるので自然体でいられる工夫が必要)
困ったことがあれば手を貸せる人が助け、逆にできることはやってもらうというような情報交換をここでやってください。
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せっかくなのでここでお茶もできるような施設があったらと考えています。
コーヒー好きの私としては店の前で寄り合いcafeをやりたいのですけど。
海側のCB塀をとれば(なんでおとうは生垣をこんな塀にしたのか)盆山の特等席だし、
島に帰省する人たちの交流の場となればなおよい。
島の美味しい食材を使ったお昼ご飯も提供できます。
意外に島の人はパン好きなのでkinちゃんにパン種を冷凍して送ってもらい天然酵母のパンも提供できます。
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こんなのとか(今設計中のプロジェクトの一環で蔵を改修したカフェ&ギャラリー)
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島の自然を満喫できるようこんなオープンなcafeとか、いといろ考えているけど
なんせ肝心の資金がない。
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まあ、これで充分かもしれないけどね。
できれば食事と入浴サービスをできるだけの設備があれば文句なし。
仕事で知り合った福祉のプロ達がアドバイスはくださるでしょうし。
(事業をしてくれたらなおよいのだけどなあ、Tさんいかがでしょうか)
2008年06月01日
阿部正弘
今日の『篤姫』で阿部老中の出身地である福山の紹介があって思い出した。
先日事務所のHPを見た福山のお医者さんから電話をいただいた。
事務所で作成している趣味のブログ 茶道「古石州流」のHPを見みて
その方が調査されている姫谷焼きに関係のある宗家のことを知りたいとのことだった。
お礼にその方が書かれた本を送っていただいたのだが阿部正弘が開いた福山藩の藩校の流れをくむ誠之館高校の出身で、そのことをとても誇りにしておられることがひしひしと伝わってくる内容だった。
先に書いた契丹文字といい、姫谷焼きといい 在野にはいろいろなすごい人がたくさんいる。
そういう人達と少しずつつながるのも、ほんと不思議。
歴史のなせるわざなのかも。
◇
「古石州流」は賤ヶ岳の七本槍の一人片岡且元の甥片桐石州を祖とする。
豊臣家が滅んで以降の片桐家のことは諸説あるがどうやら福山におちのびたらしく宗家はもともと福山の出身である。
歴史ファンのtanaka事務所としては「石州流」の歴史についても調べてみなくちゃ。
◇
茶道つながりで
祝島には茶人には有名な「カジノハナ」がある。
牧野富太郎氏が“「カジノハナ」は祝島に自生”と紹介されたそうで随分前に岡山の茶道家の方からどうしても見てみたいとお電話をいただいたことがある。
2008年05月29日
2008年05月11日
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2007年12月30日
2007年12月22日
ありがたい贈物到着
naruさんからの贈物。
付箋のコメントを読むのも楽しい。
アクリルのたわしっていうものが使ってみたかったのよ。
お昼を食べにきていた友達が弟のブログを読んでるせいか
実家からの荷物と勘違いし、荷物の中にあったあずきを手にとって
「うわーついにお豆さん送りかえされてきたよ」と言いました。
最近美味しい豆にあったことがないので
これは楽しみです。
が、自分で小豆はたけないのでお正月のお楽しみ。
2007年12月09日
同郷会
月曜日に提出の図面があって
飲み会には1時間遅れて到着。
本日はよっちゃんちでhiroshi、nisiyama、yosihmoto
島でもなかなか会えないので久しぶりに集まって、とーても楽しい時間。
独身組曰く「わたしらほど幸せなもんはないと思っていたけどあんたらも結構幸せそうじゃん。」と
それぞれの近況報告に大笑いしながら、美味しいお酒と料理に舌鼓。
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前菜はよっちゃんが用意してくれた
牛肉の八幡巻き、生春巻き、ナマス
hiroshiんちのおばちゃんが送ってくれたお手製のコロッケと
ジャーンなんと祝島の鯛、鯛のお刺身!
さらに
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ジャーン!メインのしゃぶしゃぶ
何杯飲んだかもわからなくなったビールとワイン。
締めにnisihyama君持参の栗のロールケーキ
<これまた写真忘れ>
2007年09月09日
恐るべし林事務所Ⅱ
(勝手に)恒例の林事務所 秋の交流会
去年の交流会の後、来年はベイエリアクルーズという話がでていたので密かに期待していた今年の交流会。
今年は舞洲で陶芸教室→バーベキュー→ベイエリア クルーズ
まずはロッジ舞洲にて陶芸体験。
通常は隣にある舞洲陶芸館で一般向けに教室が開かれているそうです。
中学以来の陶芸、どんなになるか心配でしたが最初に手順を説明してくれるので初心者でも以外に簡単?に作製できます。
美味しい食事とお酒を堪能した後、ブラブラ歩いて大阪市広報船「夢咲」に乗船。
みなさん足が千鳥足?
大阪港クルージング。
通常は平日のみ運行される「夢咲」は48名定員でワンクルーズなんと10,000(一船よ)だそうです。
いつもがさがさしている大阪の街も海から見るとまた違った景色
海から見る大阪 おすすめです。
最後は天保山に上陸後解散。
今年もまたフレンドリーで楽しい交流会でした。
2007年08月15日
庭先での夕涼み
帰省して初めての団欒のひとこま。
夕方、近所の人達との夕涼み、懐かしい風景。
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このふたり男女がいれかわったらちょうどよいと思う。
男の子かわいいでしょう。
そんな庭先で
もらった「トウヘイ」巨大あなご?を調理中
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その「トウヘイ」の蒲焼?ホクホクでたれもしっかりしみて美味
3番もペロリとたいらげる。
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キムカツならぬ薄切り牛肉を重ねたカツ。
あまりの美味しさに何個食べたか不明。
ちなみに昨日の唐揚げは子供たちに全てたいあげられて
ひとつも口に出来ズ。
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これまた写真を撮り忘れて残骸となった今年初のマツタケ!
こんな年齢になった私をつかまえてこりずに
「まだ嫁にいかんので」としつこいカナタのおじさんからのいただきもの。
2007年08月13日
2007年08月10日
終焉<学校の怪談>
世も末!
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一緒に食事なんかするようになったらしまい。
どういう神経して一緒に食事なんかさすのか。
鈍感きわまりない。
その神経が理解できないけど、女も怖い。
なにくわぬ態度で食事。
こうなっては世も末、決別の時也。
私のことをよく知っていると思っているみなさん
あなたの知らない世界が私にもあります。
もちろんあなたにも私の知らない世界があるでしょう。
人間なんてみんなそんなものでしょう。
□
中学生のときU先生というきれいな新任の先生が島にやってきました。
熱意があり、みんなをとてもかわいがってくれて私も大好きな先生でした。
でもある日、口うるさい島の人達からU先生がある先生と恋仲になっているという噂がたち始め、正義感がまだ残っている子供にはそれはとても衝撃的なことでした。
私は自分自身の気持ちのコントロールができなくなってしまい
そらからU先生に対して攻撃的な態度をとり反発するようになりました。
<担任の先生から何回か職員室に呼ばれ注意されましたが
その時の自分の気持ちを担任の先生に伝えるにはあまりに私が幼稚で
とうとう先生には理解してもらえませんでした。>
それが事実であったのかどうかなんて今では知る由もないし、今になってはそんなことはどうでもいいことなのに。
それは私のとらうまでした。
大人になって
U先生の気持ちがやっと理解できて、
いつか機会があれば誤りたいと思っていた矢先、
ある人から数年前に亡くなったという話を聞きました。
後悔してもしきれない なんともいいようのない悲しみがおしよせてきました。
人間生きているうちに理解できることなんてほんとうにたかが知れています。
言葉にしなけりゃわからないことがたくさんあります。
わかりあうためには同調するだけではなくて
たとえ違う意見で、いざこざがおころうと
恐れずに自分の気持ちを伝えないと・・
いやなものはいや、我慢できないものは我慢できない。
<みんな私が我慢してることがあるなんて思いもよらなかったでしょう。>
今の世はとても怖い方向に向かっているような気がします。
頑固爺、わがままじいさん、意地悪ばあさん、いてもいいじゃないですか。
今の私にはそういう正直者の言葉が心にしみます。