祝島・えべすや@祝島の情報

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2008年07月06日

私の日本地図

私の日本地図 周防大島 未来社 宮本常一著

これを記録してもらった周防大島って幸せ。

この本を参考に祝島編をまとめたいですよね。
どうやって祝島のことをまとめればよいか参考になる本です。
中に「日見」というところに古い神楽が残っているとのべている中に祝島がでてきます。
日見の神楽もこの系統と書かれているので、今度調べてみよう。

~あとがきより~
しかし島民自体が島を開発するだけのエネルギーは失ってしまっているから、外部資本に対してはきわめて弱くなってしまっている。そして島に本当の愛情を持たない人々によって島が荒らされていく日もそんなに遠くはないのではないかと思う。島の有志といわれる人たちすらが、しきりに外部資本の導入をはかっている。日本の自然が今日これほどまでに荒れてきたのは、そこに住んでいる人たちの手によるものは少ない。たいていは外部から来てそうしてしまったのである。
 島には今はまだふるさとの魅力といったようなものがある。平凡ではあるが素朴で誠実なものは失われていない。古くからの島民生活の延長もある。それが気のついたときは魅力も何もない島になっていたというようなこともあり得る。新しいものを拒否するのではなく、新しいものをどう受けとめるかの姿勢の検討が大切なのである。
 島には島民たちのつくりあげ、守ってきた文化財も少なくないが、それが意識的に保護されているものはほとんどない。時間をかけて歩いてみると、それらの中には心にとまるものも多い。私は大島のうちのすべての部落と人の住む属島のすべてに渡って見た。人はそれぞれの環境の中で、それぞれ自分の生きる場をつくってきている。その努力と英知に
頭が下がるものがある。自分ひとりが住むのではなく、子孫を長くそこに住まわせるだけの世界をつくりあげていっている。そこに文化がある。
 私はこの書物の中では、この島の文化が如何にして如何なる努力によって築かれてきたかについては書いてきた。そういう努力すらが無に帰ってしまう場合すらあり得る。それぞれの地方の文化はそこに住んでいるものが守らねば守りようのないものである。それが守られることによって新しい文化を迎え入れる力を生ずるのが真の文化的発展ではなかろうかと考える。文化の導入がふるさと喪失への道へつながるものであってはならないと思う。
昭和46年1月11日 宮本常一