祝島の福祉について考える~その1
柴田書店から毎月発行されている『cafe_sweets』
ついつい毎号買ってしまう。
建築なんかやめてこんなことしたいなあという願望。
前々からブログに書きたかった祝島の福祉。
これから少しづつ考えてみよう。
高齢化がすすむ地域の抱える問題はどこも同じ。
遠く離れて暮らす家族にとって年老いた親の心配は誰でも同じでしょう。
しかし、住み慣れた島での生活を捨てられるわけもなく、
また都会で一緒に暮らせる場所もないという問題もあって
祝島人特有の我慢強さに甘え、問題解決されないまま時間だけがすぎていく。
なんとか今のまま、他人に迷惑をかけず楽しい老後をすごせることを考えてみる。
施設の設計をしている自分がこんなことを書くのははばかられるけど
島で生きてきた人間にとって自然や社会とのかかわりをたたれてしまう施設や病院になんかはいろうものならそのまま弱っていくだけ。
どんな立派な施設にもこれだけはない。
(外部との関わりを持とうと施設側が努力をしてもなかなか受け入れてはもらえない)
しかし、帰省するたび知っている人が施設に入ったり病院に入ったりで寂しい思いをすることが多い。
家族があって、そういう対策でも考えられる人はいいけど、ほんとに一人の人はどうしているのだろう。
島の友達に聞いたら近所で面倒みてるんよと言われるけど、都会と違い、特に田舎では不便も多いでしょうに。
(今度島のみんなに聞いてみたい。何が不自由か。どうしたら楽になるか。ひとりでできるか。)
私の家のように若い(くもないが)家族がいても手をやくのに、お年寄り夫婦だけの家族や一人暮らしの人はどうやって毎日を過ごしているのか不思議でしかたがない。
実家の店には買い物に来れない人から配達の依頼があったり、起伏の多い島の道で重い荷物をもつのが困難な人には後で届けてあげたりしているけど、依頼すらもできない人もいるのではないかしら。
島の家は外だけでなく、家の中も段差だらけで、お風呂も在来の寒いお風呂がほとんど。
台所も土間のまま使っている人も多い。
食事を作るのも、お風呂に入るのも大変だろう。
みなさんどうしているのでしょうか??
歳をとってなかなか外に出れない人もいる反面
元気な御年寄りも多いのが祝島の特徴。
漁にでたり山に行っている人は私よりずっと元気だ。
「忘れられた日本人」的なことが大切なのかもしれない。
(これで充分と満足する気持ちをもたなきゃ。)
では具体的にどうしたらよいか。
少しづつ考えていくことにしよう。
考えていたことのひとつはこれ・・
お昼になると店の前にはこんな風に人が集まってきます。
店で買い物をするというよりここに集まる人同士話をするのが楽しみのようです。
一人暮らしの多い島では家の中では話をする相手がいないので
仕事をしてない人は少々引きこもり気味になります。
そうすると自然、物忘れがひどくなったりしてうつ状態になってしまいます。
なのでこうして毎日でかけるところがあればいいと思うのです。
デイサービスとかそんなかたくるしいものじゃなくて
誰が世話をするわけでもなくお天気の日にはここに座っているだけでもいいと思います。
(デイサービスでは何かをさせられるという感があるので自然体でいられる工夫が必要)
困ったことがあれば手を貸せる人が助け、逆にできることはやってもらうというような情報交換をここでやってください。
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せっかくなのでここでお茶もできるような施設があったらと考えています。
コーヒー好きの私としては店の前で寄り合いcafeをやりたいのですけど。
海側のCB塀をとれば(なんでおとうは生垣をこんな塀にしたのか)盆山の特等席だし、
島に帰省する人たちの交流の場となればなおよい。
島の美味しい食材を使ったお昼ご飯も提供できます。
意外に島の人はパン好きなのでkinちゃんにパン種を冷凍して送ってもらい天然酵母のパンも提供できます。
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こんなのとか(今設計中のプロジェクトの一環で蔵を改修したカフェ&ギャラリー)
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島の自然を満喫できるようこんなオープンなcafeとか、いといろ考えているけど
なんせ肝心の資金がない。
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まあ、これで充分かもしれないけどね。
できれば食事と入浴サービスをできるだけの設備があれば文句なし。
仕事で知り合った福祉のプロ達がアドバイスはくださるでしょうし。
(事業をしてくれたらなおよいのだけどなあ、Tさんいかがでしょうか)
と書いたらネット21で神舞の休憩施設の話がでてびっくらこく。