上関町長選で山戸君がかかげた「一流の田舎づくり」
なかなかいいじゃん!
農業に携わる山戸君にこそ言える言葉。
こんなブログ、知らないから送ってもしょうがないけどエールを送ろう。
山戸君には柳田國男流ではなく宮本常一流でお願いします。
<役はきちんとはたし、時間は守った方がいいと思うけど。>
赤坂憲雄氏の『風景を作る思想をもとめて』
柳田国男と宮本常一の隠岐の旅でのエッセイを比較したものです。
(文字をうつのがめんどうなので柳田さんの記載ははぶきます)
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宮本が西郷の港につくと26年ぶりに見る町は見違えるように明るく、港も家々も立派になっていた。店舗も本土の都市と変わらず、そこに並んでいる商品も全国均一のマスプロ製品であった。
宮本は以下のように書いている。
西郷の町がりっぱになったことは喜ぶべきことであるが、
それが島内の背後農村の経済的発展と充実によって立派になったのではなく、
外来者すなわち観光客を相手にして化粧がえをしたものであるとするならば、
一種の植民地的な性格を持ってき始めたことになる。
つまりその町の発展が外来者のためのものであり、
町の背後にひろがる島内全体の農漁民のために大して貢献しないようならば
それはコミュニティセンターとしての役割をはたさなくなってきたことにあり、
地方都市としての意義を失いつつあることになる。
じつは、私はこの宮本の旅からさらに30年ほど経て、隠岐を訪ねている。
まばゆいくらい明るくモダンな町並みが現れて、茫然とした。
宮本が危惧した、観光客を相手にした化粧変えによって、
「一種の植民地的な」状況を現出しているのではないかと感じた。
むろん、それ自体は高度成長期以降の列島のそこかしこで起こった、
じつにありふれた出来事にすぎない。
隠岐の島々にも、たくさんの公共事業が誘致され、
風景を大きく変容させたのである。
それにしても柳田は隠岐の風景の寂しさを指摘し、観光振興のための方策をいくつか提案してみせた。 宮本の提言はまさに、そうした観光事業がもたらした功罪を検証しなおし、あらためて島の経済的な発展の向かうべき方位を示唆しようとしたものであった。
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頑張れ山戸君!
おおいなる田舎を実現しておくれ~